ファッションに必要なのは...
今、街を歩けばブランド物のバッグを持っていない人を見つけるのが大変なくらいである。
大半の人はいかにも自分はブランド物を持つことができる、ということを誇示しているようにさえ見える。ブランド物を持つことが悪いとは言わない。しかしそれを持つことだけによって、本当に洗練されたスタイルが出来上がるのだろうか?ファッションに必要なのは全体のバランスであって、エルメスのバーキンなんかではないのである。
贅沢は裏側に
「贅沢は裏側に隠すべきね。毛皮は暖かくするためのものなのよ!」とは、ココ・シャネルの言葉。
ごもっともである。私たちはファッションというと、やはり人から見えるところばかりを強く意識してしまいがちである。
しかし人から見えないところを意識して初めて、そこには上質な雰囲気が流れる。毛皮を全部隠してしまうというのはもったいないような気もするが、いちどファッションの裏側から贅沢を始めてみてはどうだろうか。何かが変わるかもしれない。
美しさに限界はない
「美しさに限界はない。デザインに飽和点はない。そして靴屋が製品を飾るために使う素材に終わりはない。」サルヴァトーレ・フェラガモはこう言った。この言葉はファッションにおける靴のあり方を見事に表現している。靴というのは本来的に美しくあってしかるべきものである。あなたは日頃、靴を選ぶにあたってついつい楽な履き心地のものを選んでしまっていないだろうか。それではもったいない。なぜなら美しさに限界などないのだから。
オードリー・ヘプバーン
オードリー・ヘプバーンは黒を普段着として着ることを好んだ。
普段着として黒を着用するのは現代の女性にとっては定番の装いであるが、当時はまだ珍しいものだった。
彼女はイヴニングドレスを、サブリナパンツを、またリトル・ブラックドレスを実にシックでファッショナブルなものとして、何の苦もなく私たちの前に提示してみせたのである。
彼女はその鋭いファッション感覚で今なお時代を超越して私たちに彼女らしい美しさを感じさせてくれるのである。
装わされることは哀しい
「装うことは素敵。されど装わされることは哀しい」というのはココ・シャネルの言葉であるが、これは女性にとっては耳が痛くなってしまうような言葉なのではないだろうか。
ショーケースに並ぶ流行の服をそのまま身にまとうのもいいけれど、
本当に自分自身に似合う服を着ることこそ私たちに求められている事ではないだろうか。
すなわち自分自身と向き合い、見つめ直すということである。
私たちがただの着せ替え人形にならないためにも。
